NEW2作

2276号室

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「入りなさい。」
 トロカム星の女性工作員、エーク・クァップは上官の執務室へ入った。
「いきなり本題に入ろう、君ならわかるはずだ。現在例の惑星 “ハープ56494-4541-1445-157830”は、スーパーフプマオンとテレデが 共同調査に入ったそうだ。これが、どういうことかわかるか。」
「はい、スーパーフプマオンは、通常では行えない危険な学術調査を 行う機関です。すでに誰も解読できないといわれたサインタイ文明の 文字を解読、サインタイ文明人と接触、超文明の産物である 超巨大宇宙船を持ちながら、宇宙連合の軍事バランスを崩壊させるとの 理由からそれらの公開をしていないのです。」
「うむ、彼らは唯一超文明技術のデータを持ち合わせている 機関でもある。」
「いえ、テレデも新体制に移行後、宇宙連合で使用が厳しく制限されている 人体拡縮システムをひそかに導入したという事です。おそらく、 サインタイ文明人の提供したものか、または彼らの技術を利用しているの でしょう。」
「そうだ。もしこの独占された技術情報あるいはそれに匹敵する データを我々が得る事ができれば、宇宙連合で大きな発言力を 得る事ができるのだ。そこで君にも“ハープ中略30”へ行って貰う。 表向きは無人探査機になっているビーク45号に乗ってもらうことに なっている。」

 ビーク45号に作られたスペースは意外に快適だった。 あくまで工作員であるエーク・クァップにとってだが。 彼女の目の前のコンソールには0.5宇宙時間後には着陸態勢に入る事が 表示されていた。彼女は、今回の任務は生きて帰れないかもしれないと 覚悟を決めていた。それだけ危険な任務なのだ。目的地である ハーブ中略30星は彼女の住んでいたトロカム星とほぼ同じ環境で、 宇宙服なしで行動でき、その住人たちもトロカム星人とほぼ同じ姿だという。 なお、トロカム星人は、地球人とほぼ同じ姿である事を念のため説明しておく。 つまり、地球人、トロカム星人、ハーブ中略30星人はほぼ同じ姿なのだ。 しかし、最新データでは、ハーブ中略30星人だけひとつ極端に違う事が ある事がわかっている。それは身長だった。ハーブ中略30星人たちは 地球の単位で言うと、数十メートルの巨人なのだという。

 エークは手動操縦に切り替え、モニターを見ながら、 着陸地点を探し始めた。まもなく大地にどこまでも伸びる直線を確認する。 それを道路と確信したエークは、その先にあるであろう街を探し始めた。
「凄い大都市だわ。」
 モニターには、いくつもの巨大な建築物が映し出されていた。
「彼らに見つかるとまずいわ。」
 エークは可視光ステルスシステムを起動させた。彼女の乗る機体は 「見えなく」なった。
「早速、目標を探さなくちゃね。」
 エークは、建物の間を歩いている人々の中から、ひときわ大きい人間を 見つけ出した。身長は、周りの人間の倍近くはありそうだ。 彼女の目標は、より強い巨人型生物兵器を作るため、この星の住人から、 なるだけ強くて大きい人間のDNAを持ち帰る事だった。 トロカム星を含む宇宙連合は、近年相次いで巨人型の宇宙人の 侵略の危機に遭った。彼らに唯一対抗できたのが、スーパーフプマオンが 調査、管理中のサインタイ文明人のテクノロジーを利用した 宇宙戦艦だったのだ。当然、スーパーフプマオンはそこに従事する メンバーは特に気にしていなくても、強い発言力を持つ 事実上の「陰の支配者」として君臨していたのだ。 もし、巨人のDNAを元に巨人型生物兵器の開発に成功すれば以下略……。

 試合に勝利を収めたヒムワン・ヒックは、帰りに一杯飲んで 何者かに尾行されているのも知らずに、徒歩で自宅へ向かっていた。 巨体とパワーを誇るレスラー、ヒムワンはその体格の割には 酒類に弱かった。彼は、
「さすがに今日は飲みすぎた。試合に差し支えるから早く寝よう。」
 酔っている事も有るのだろう。格闘技選手の勘は鈍っていた。 「何者か」が自分に近づきつつあるのにまったく気づかなかった。

「ここがやつの家のようね。」
 エークの機体は、かなり巨人ヒムワンに近づいていた。 ヒムワンは自宅の門をくぐり、小さな庭……といってもヒムワンのサイズから 見ればの話だが、とにかく自宅の玄関の扉を開けた。扉のサイズは、 この星の住人にとってはちょうどいいものだが、極端に大柄なヒムワンに とっては、入りづらいものだった。頭をぶつけないように慎重に 身をかがめる。彼以上に慎重な行動をしていたのはエークだった。 ヒムワンとともに、自宅に侵入するため、エークの機体はヒムワンの巨体に 接近していた。しかし、その行動は酔っている事もあり思うようにいかない。 ヒムワンが、その星の住人の、標準サイズなら開いた扉と彼の体の間から らくらく侵入できたはずなのだから。

ごつん(+_+)

 ヒムワンは、頭に気を取られるあまり、肩を激しく入り口に 打ち付けた。彼はとっさに体をかわすと、またもや何かにぶつかった。

「きゃあっ」
 ヒムワンが二回目に体をぶつけたのは、エークの機体だった。 エークは、巨人の思わぬ行動に、機体をかわしきれず巨人に激突 したのだった。
「何とか機体を立て直さないと。」
 エークは何とか、彼女にとってはジャングルのようなヒムワンの家の庭に 不時着した。
「何とか命は助かったわ。」
 彼女は薄暗い「ジャングル」に出る前にどんな暗いところでもよく見える 特殊なコンタクトレンズをつけ、注意深く外に出た。道に迷ったときのために、 自分の乗ってきた機体の位置がわかる腕時計型のナビも装備した。

 ヒムワンは、二回目にぶつかったものを確認しようと、後の庭を見た。 あたりはすでにうす暗くなり、よく見えない。足元を注意深く見ていると 眼がなれて来た。すると足元に何か小さな動くものが見えた。
「何だコリャ。」
 ヒムワンは、小さなものを拾い上げようと、かがみ、手を伸ばした。

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 エークは、注意深くあたりを見回した。
「う……うそ!」
 エークが気づいたときには、すぐそばまで巨人の巨大な手が迫っていた。 巨木の幹のような指が行く手をふさぐ。
「痛い、苦しい、放して!」
 エークの体は、凄い力で三方からはさみつけられ持ち上げられた。彼女に ものすごいGがかかる。エークは振り落とされないように、反射的に目の前の 巨大な指にしがみつく。ふいに自分の体を押さえつけていた力が 弱くなった。
「落ちる!」
 次の瞬間、エークの体は、柔らかいところの上に落ちた。
「助かった。」
 そう思ってエークは周りを見回すと、彼女の視界を埋め尽くす、 巨人の顔が有った。

 ヒムワンは、自分の手のひらの上に、見たこともない生き物を 乗せていた。しらふならばそこそこ冷静な対処が出来たろうが、 かなり酔っていた彼は、その生き物を見て、こう考えた。
(食ってみたらうまいのか?)

 エークは、自分にとっては地上数十メートル巨人の手のひらの 上に居た。そこから飛び降りればまず即死、手首から腕、体を伝って 降りる間、巨人はじっとしているわけでもない。エークは自分を地上に 降ろしてもらおうと、考えうる限りのジェスチャーを試みた。 巨人ヒムワンが酔っていなければ、何とか意思は通じたかもしれない。 しかし、エークの思惑に反して、巨人は思わぬ行動に出た。 巨人は大きく口をあけ、その中から巨大な舌が伸びて来たのだ。
「ま……まさか私を食べる気?」
 エークは、ほとんど逃げ場のない巨人の手のひらの上から逃げようとした。 突然彼女の足元が大きく動き、彼女は倒れた。巨人の親指が動き、 エークの足元にある親指の根元の筋肉が動いたからだ。恐ろしく太い親指が、 エークの体を押さえつけ、人差し指が巻きつく。
「止めて!何するの!食べないで!」
 彼女の胸から下は完全に自由が奪われた。彼女は必死で両腕を目の前の 指にたたきつけるが、巨人に対して何の効果もアピールにもならない。

 ヒムワンは、家に入って謎の生き物をよく調べてみようと 手に持ったまま、ドアを開け家に入った。酔っていてもある程度の羞恥心は 働いていたようだ。確かに家の入り口の前で大男が、食べ物を味見する姿は、 かっこいいものではない。

「ふう、どうやら食べるのは思いとどまってくれたみたいね。」
 エークは、巨人の手につかまれたまま、どうやって巨人と コミュニケーションをとるかを考えていた。スーパーフプマオンには あるかもしれないが、宇宙連合にもトロカムにも言語のデータはないのだ。 巨人の動きが止まり、エークは巨大な指から解き放たれた。
「私は、凄く、遠くから、来たの、あなたに、お願いが、あるの」
 エークは立ち上がり、身振り手振りを交えながら自分の意思を 伝えようとしていた。自分の乗っている巨大な手がゆっくり動き、 巨大な顔が近づいてくる。エークは思った、
(私が小さいから、よく見ようとしてくれているのね)

 ヒムワンは、エークの思いとは裏腹に家の中で改めて 自分が今手のひらの上に居る謎の生き物の味を確かめようとしているのだ。 もう一方の手で、謎の生き物を摘み上げた。

「ちょっと何するのよ。乱暴は止めて!」
 エークはものすごい力ではさみつけている巨大な指を押し広げようと 両腕に思い切り力をこめた。目の前に再び大きく開けられた巨大な口が迫り、 再びその中から巨大な舌が伸びて来た。

 ヒムワンはゆっくりと舌の先を近づけた。生き物はなにやら声を出し、 必死に抵抗しているようだ。

 エークの目前に巨大な舌が迫ってくる。エークの下半身の大半は、 巨人の巨大な指先に隠れ、自由を奪われていた。エークは両腕で 巨人の舌を押し返そうとする。

-むにゅぅ-

 エークの手先に生暖かい感触が……。エークは指先をたて、 更に強い力で押し返そうとした。しかし、巨人の舌ははるかに強い力で イークの両腕を押し返す。次第にイークの上半身が巨人の舌の中に 埋もれていく。

-ぺろん-

(なんて珍しい味だ……)
 酔っていたヒムワンはこの不思議な生物を、コミュニケーションの 相手ではなく、食べものと認識してしまった。ヒムワンは、 更に深く味わおうと、不思議な生物、エークを口の中に入れようと 考えたのだ。

「お願い!食べるのはやめて!」
 エークの体は更に持ち上げられ、その下には巨人の舌が 待ち構えている。その時、エークの両側から押さえつけていた力が 急に弱くなった。
「いやあっ」
 エークは柔らかく、生暖かいところ、そう、巨人の舌の上に 落とされたのだ。とっさに彼女はそこから逃げようとしたが、 足元が柔らかく、唾液が粘つきうまく逃げられない。エークは 巨人の舌とともに、口の中へ引き込まれる。そして口は閉じ、 彼女の体は巨人ヒムワンの上唇と、舌にはさみつけられた。 すでにエークの太ももから下は外からは見えない。
「やめて!やめて!やめて!」
 エークは必死で両腕をヒムワンの下唇に打ち付けた。 エークの体は、少しずつヒムワンの口の中へ引き込まれていく。 エークの両足が、背中が、そして頭がヒムワンの口の中へ消えていった。

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(こんな食べ物は味わった事はない……)
 エークを口の中に入れたヒムワンは、その味を口の中でゆっくり味わった。 が、エークにとってはたまったものではなかった。

「きゃあっ」
 口の中に入れられたエークの体は舌に持ち上げられ、 「天井」に押し付けられた。そのエークの体は生暖かい舌の中に沈んでいく。 抵抗しようにも、エークの体はほとんど動かない。エークは、
(く……苦しい……。)
 彼女は体をよじらせ、なんとか自分の体を下から押さえつけている 巨大な舌を押し返そうとしているのだが、 どんな力をいれようと、ほとんど動こうとしないのだ。 その時、エークは急に楽になった。下から押し付けていた巨大な舌が 下がったのだ。しかし、エークが起き上がろうとして、四つん這いに なったとき、またエークとって地面や床ではなく乗っている舌が大きく動き、 左側の壁に押し付けられた。エークは何とか右足と右腕が動かせた。 しかし、動かせたところで、巨人ヒムワンに対してはほとんど 何も出来ないのだ。エークは何度もヒムワンの口の内側に 押し付けられたのだ。

「ふう……。」
 何度も自分の体を口の内側に押し付けた舌の動きがとまり、 エークは一息ついた。しかし、次の行動をとろうとしたとき、 足元の舌が大きく動き始めた。
「今度はなんなの!?」
 エークの足元の下が大きく波打ち、彼女は激しく揺さぶられながら 奥のほうに少しずつ、送り込まれていく。
「もしかして、私を飲み込む気!?」
 エークは必死で、ヒムワンの舌の表面を泳ぐように、 口のほうへと脱出しようとするが。エークは少しずつ奥のほうへと 送り込まれていく。
「た……助かった……。」
 エークが喉奥に落ち込む寸前で舌の動きが止まった。 しかしこの状態でも少しずつ奥へ落ちてしまいそうだ。 エークは柔らかいのどの奥を必死ではいあがろうとする。 が、柔らかく、生暖かく、粘膜で覆われた表面では、思うように進まない。 それでもエークは少しずつ、前進していった。エークが、もうここまで来れば 大丈夫だろうと思ったとき、ふいにエークの体が持ち上げれた。 今まで必死で進んできた距離を一気に押し戻される。 エークはとっさに腹ばいになり、両腕で必死に抵抗しようとした。 次の瞬間、エークの下半身が粘膜の壁に締め付けられたと思った瞬間、 その感覚が全身に及んだ。その時間はわずかだったろう。 しかし、エークにとってはかなり長い時間に感じた。 全身が粘膜の壁に締め付けられ、下へ下へと送られていく時間を。 しかし、エークは最後の抵抗を見せた。噴門から胃に入った瞬間に、 上部のひだの間にかろうじてつかまったのだ。 暗視特殊コンタクトレンズのおかげで、胃壁の状態や、 自分のはるか下の胃の内容物をはっきりみる事が出来た。しかし、 ぬるぬるしている粘膜の表面はしっかりとつかまって体勢を維持するのには 極めて難しい。しかも胃のぜん動運動や、噴出する胃液で、 下に落とされるのは時間の問題である。自分の着ている特殊繊維のスーツも、 この巨人の協力な胃液に、どこまで耐えられるか疑問である。 そのころ、巨人ヒムワンは体の異変に気づいていたのだ。

(気、気持ち悪い……)
 酔っていたヒムワンは、家の窓から顔を外に出した。そのころエークは、

(も、もしかして……)
 エークのつかまっている胃壁は、大きく動き始めた。
「きゃあっ」
 もともとつかまるところなどほとんどない場所である。その動きにエークは 簡単に振り落とされ、胃の内容物の中に落ちてしまった。 壁の動きとともに激しく動く内容物の中、エークはうまく泳げず、 溺れそうになった。何とか胃壁まで泳ぎ着かないとそのまま 消化されてしまうかもしれない。エークは予想だにしない 事態の連続にあせっていた。しかし、大波の中の小船のように、 エークはどうする事も出来なかった。それでも何とか必死で 溺れないように体勢を維持していた。その直後、周りの胃壁が 突然エークに向かってきた。先ほどまでの消化活動とは異なる動きだ。 突然エークの体は、胃の内容物とともに突然上方へと押し上げられた。
(一体どうなっているの……もしかして……吐き出される!?)
 エークは、瞬間的に自分が吐き出される事を感じた、しかし、 胃で消化される事を免れたとしても、吐き出されるときに、 地上にたたきつけられたら、一巻の終わりだ。 だが、胃の内容物とともに押し流されるエークは、抵抗するすべが無かった。 それでもわずかな望みを託し、エークは、ショックを軽くするようにと、 体を丸くした。

-どばどば-

 ヒムワンは、家の窓からすぐ前を流れる側溝に 胃の内容物を吐き出したのだ。エークは生暖かい体内から一気に 冷たい水の中に放り出されたのだ。

 奇跡だった。エークは自分の乗ってきた機体に 程無く戻りつくことができた。必死で激しい流れの中を岸に向かって泳ぎ、 その後のことはよく覚えていない。彼女のすべきことはとにかく、 再びあの巨人に再挑戦することだ。今度こそは……。

2276号室